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【この人に聞く】水球シンガポール代表監督 青栁 勧氏

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水球のシンガポール男子代表チームの強化が進んでいる。率いるのは青栁勧監督。選手時代は日本代表で主将を務め、そして欧州強豪国プロリーグでプレーし、引退後は新潟県柏崎市に社会人チーム「ブルボンKZ」を立ち上げ、総監督として選手の育成、組織の運営を主導するとともに、産学官民連携による「水球のまちづくり」を推進してきた経験を生かし、シンガポールの水球を新たなレベルに飛躍させるべく取り組んでいる。2019年2月の監督就任から5年余り。これまでの手応え、今後の目標などを聞いた。

シンガポールと水球

 
――はじめに、シンガポールにおける水球の人気について聞かせてほしい。

シンガポールには幾つか強いスポーツがあるが、世界レベルで通用して、オリンピック選手を輩出したり、東南アジア大会でメダルを獲得できる競技は水泳に多い。水泳は義務教育になっており、水泳人口は多い。水泳連盟に入っている競技、ダイビング、アーティスティックスイミング(シンクロ)、競泳、水球、はすべて強い。そして、団体スポーツの球技の中で成績が一番良いのは水球である。東南アジアでは、1965年の独立以降2019年の東南アジア大会まで26大会、五十数年間負けなしで、ずっと金だった。水球人口は増えていて、全体で700人くらいだ。

シンガポールは、2025年の世界水泳を誘致した。来年7月に開催される。ワールド・チャンピオン・シップと呼ばれるスポーツの世界大会を東南アジアに持ってくるのは初めてで、かなり意味が深い。開催地は元々ロシアのカザンだったが、ウクライナ侵攻により開催できなくなった。そこで手を挙げた。

さらに、2029年にシンガポールで東南アジア大会が開催される。既に会場となる巨大なスポーツコンプレックスの建設が始まっている。50mプール3面、室内競技場、室内テニス場、ショッピングモールなどからなり、2028年に竣工予定だ。

いまシンガポール政府は、水泳の強化に前のめりになっている。

――シンガポールの水球選手はプロ、アマチュア?

アマチュアだ。選手は全員、仕事をしており、仕事の前後に練習している。シンガポールの場合、水球選手は高学歴の傾向がある。中高の進学校に水球チームがあり、南洋理工大学(NTU)など上位の大学に進学することが多い。シニアの選手たちの勤務先、分野はさまざまで、銀行員もいるし、IT関係もいるし、医師や弁護士もいる。高給を得ており、ポルシェやBMWを運転して練習に来る。(笑)
 

男子代表監督

 
――2021年2月に男子代表監督に就任した。

シンガポールは代表監督に外国人を迎えることには慣れている。欧州には水球が国技の国もあり、非常にレベルが高いので、以前は欧州人を招へいしていた。しかし、2019年に東南アジアでの連勝が止まり、衝撃が走り、前監督を解任した。一方、日本は東京オリンピックに向けた強化が進み、2018年からアジアトップになっている。それで日本人監督をということになった。

実は、代表監督就任後、2021年10月に前強化本部長(テクニカルディレクター)が辞め、強化本部長不在となった。そこで兼任してほしいと言われ、一時的に引き受けた。

水球協会の組織は、会長、副会長がいて、その下に強化本部長がいる。会長、副会長は選挙で選ばれる。彼らはボランティアだ。強化本部長は、給料が支払われる管理職の中で一番上におり、基本的には全ての強化プランを考え、会長の許可を得て進めていく。監督を任命するのも強化本部長である。

僕は強化本部長として、後任の代表監督を探していたが、選手から僕の指導の継続を望む声が上がり、2023年の東南アジア大会、アジア大会までは強化本部長でありながら監督を務めることになった。結果として両大会では思い描いていた結果を出すことができたので、水球協会関係者は皆、喜んで、体制はこのままで良いのではないかということになり、異例だが現在も2役の状況が続いている。

――水球のシンガポール代表監督の1週間を紹介してほしい。

シンガポールは日本より縦割りで、僕が就いている代表監督の仕事はA代表を見るだけというポストである。練習を見ることが主になる。

僕はシンガポールに来る前は、ブルボンKZの総監督として、選手は仕事前の早朝、仕事後の夜に練習するというチームを運営して強くしてきた。仕事をしている選手たちには何が必要か、どのくらい休む必要があるか、よく分っている。ベテラン選手は既婚者が多いが、夜に練習すると家族と過ごす時間がなくなってしまう。家族に反対されたら水球を続けることはできない。一方で、若手選手は独身者が多く、むしろ週末に練習したい。平日の夜に練習すると、仕事上の食事の機会、飲みに行く機会がなくなってしまう。これでは、仕事を進めるうえで支障が生じたり、ビジネスチャンスを失う恐れも出てくる。やはり、そうした時間を確保することは大事になる。

こうした考えのもと、最初の3年間はベテラン選手が多かったので、練習は一日1回早朝(5:30~8:00)、日曜日休みで週6回とした。今年からチームは世代交代して学生が多くなっている。レベルを上げなくてはいけないので、月曜日と木曜日を休みにして、火曜日は早朝・夜(20:00~22:00)、水曜日は夜、金曜日は夜、土曜日は早朝・夜、日曜日は早朝、の週7回にしている。

僕の経験では、アマチュア選手の練習は週8回、週9回が体力的に限界である。週9回にすると私生活の時間はない。大会前の追い込み期間だけ週8回にする。

練習以外の時間は、僕はオフィスに籠り、強化本部長として男女の強化を考えてプランニングしている。ジュニアも見ているし、施設の管理までしている。シンガポール人には仕事中毒と言われている。本来はそこまでしなくても良いが、日本では普通のことだし、やった方が結果が出る。実際、結果は出ているし、さらに上を目指せるチームを作ってほしいと期待されているので、やりがいがある。

――国によってプレースタイルに特徴はある?

体の大きさが凄く影響する。世界では平均身長は2mである。欧州人に比べるとアジア人は小柄だ。日本は、泳ぐスピードが速いので、カウンターアタックが主で、チーム力とスピードを重視している。チーム力はずば抜けている。1対1のセットやシュート力で勝負しない。

水球のルールは3年、5年ごとに改定される。僕の選手時代は大きな選手が有利だった。いまはスピード重視のチームに有利なルールになっている。シンガポールにとっては追い風と言える。

シンガポールは、欧州と、中国語が話せることもあり中国に倣う形だったが、アジアで日本がダントツ1位になってからは、シンガポールもスピードある水球を目指すべきとなっている。

僕は、シンガポールの選手たちに日本人の水球を教えているつもりはないが、それがベースではあるので、欧州の良いところも取り入れチーム作りをしている。

選手に指示を出す青栁監督 ©Sport Singapore JEREMY LEE

アジアランキング5位に

 
――監督就任後、主要大会での戦いぶりを振り返ってほしい。

代表監督に就任して2年ほどは主要な大会はなく、チーム編成に注力した。前監督時代にベテラン選手の大半が辞めてしまっており、チームに戻ってきてほしいと勧誘し、半数ほどが戻ってきてくれた。

そして迎えた2023年5月のカンボジアでの東南アジア大会で金を奪還。次いで、2023年10月のアジア大会で5位入賞。韓国が1984年にアジア大会に出場して以来、シンガポールは一度も韓国に勝ったことがなかったが、初めて勝たした。この結果、シンガポールはアジアランキングで韓国を抜き5位となっている。

実は、アジア大会を前に、韓国にはこうしたら勝てるというプランを、スポーツSGに説明していた。ここでこの選手を起用して、ここからはこの選手に交代してと、データを基に細かな資料を作り、プレゼンしてあった。結果が出たことで、僕のプランを信じてもらえる形となった。

2025~2029年の男子代表チームの目標は、2025年のタイでの東南アジア大会で優勝させながら、2029年の東南アジア大会での開催国優勝であり、僕はその実現に向けたプランを描き、それに沿ってチーム作りを進めてきた。しかし、アジア大会での成果を受け、そのレベルの話は止めて、2026年の名古屋でのアジア大会で4位、2030年のアジア大会で銅メダル、いずれはアジア1位となってオリンピックに出場するためのプランを提出するようスポーツSGから指令があり、アジア1位になるにはこういう条件が揃わないといけないとか、いつ1位になるかによっても違ってくるから、この時期に1位ならばこれとこれとこれ、その時期ならばこれとこれが必要といった詳細なプランを書き、提出した。

いま、アジアでは1位日本、2位中国、3位カザフスタン、4位イラン、5位シンガポール、6位韓国。シンガポール以外はプロ選手であり、カザフスタンはロシアで引退した選手を帰化させている。7位以下は東南アジアの国々が続いている。

スポーツSGは、僕のプランを分かってくれて、本気で進めようとしており、水球に特化した予算を組むなど一気に目標を転換して、もの凄いレベルで条件を整えてくれている。

当然、選手の意識改革もしないといけない。

――今後は若手選手の育成がカギに?

水球選手のピーク年齢は平均で26~28歳だ。水泳競技の中ではもっとも高い。選手の入れ替え時期がすごい大事で、4年に一度の周期で、東南アジア大会、アジア大会がない年が来る。その年に世代交代を成功させないと、絶対に勝てない。今年2024年がその年であり、代表チームを再編成している。ただ、オリンピック出場を目指すとなると、4年後に選手を入れ替えてはチームはオリンピックレベルにはならない。今年、18~21歳の選手を入れ始めている。

――プロ化も視野?

世界のトップと戦うとなると、やはり選手のプロ化は避けられない。ただ、給与が出れば皆がプロになりたいかというと実際はそうではない。一般企業で必要とされるスキルと、エリートアスリートとして積んできたキャリア、スキルは全く別物と思われていて、エリートアスリートとして長く活動すればするほど、引退後に良い仕事に就けないリスクは高まる。引退後のキャリア支援が重要になる。

また、シンガポールの場合、ジュニアは勉強第一であり、もの凄いプレッシャーを感じている。その中で才能ある選手もスポーツを辞めてしまう。これは、水球に限らず全てのスポーツの課題と言える。だからシンガポールのスポーツは世界ランキング上位にはいかない。目標が東南アジア大会で優勝することだけになってしまい、アジアでは歯が立たない。歯が立たないので尚更辞めてしまう。

――シンガポールで開催される2025年の世界水泳の目標を?

2025年は間に合わない。参加することに意義があるということになる。欧州にはプロリーグあり、レベルが違い過ぎる。1勝したいと言いたいが、世界はそんなに甘くない。僕が選手時代、日本が初めて世界水泳に出場したのが2001年の福岡大会で、開催国枠だった。この時と同じシチュエーションであり、日本は最下位だった。

2025年2月にアジアチャンピオンシップという世界水泳のアジア予選が開催される。これもシンガポールが誘致した。予選の結果に関わらず、本大会に出場できるが、一連の試合は選手のモチベーションにも良い効果があるし、国民の関心が高まる効果もある。

世界水泳は2年に一度開催される。その入口としても良い。2003年から、世界水泳の出場国数が12から16に増え、アジアは2枠となった。以来、日本は世界水泳に出場できている。最初は16位、15位だったが、いま世界のトップ10に入るようになっている。
 

水球のまち柏崎との交流

 
――現在もブルボンKZの運営理事も務めている。柏崎市とシンガポールとの間で交流は?

柏崎は水球チームの合宿などを誘致してきた。2019年に韓国仁川で世界水泳、2020年は東京オリンピック、2021年に福岡で世界水泳が開かれた。僕の選手時代の欧州でのチームメイトは、いま世界の強豪国で代表チームのヘッドコーチを務めている。東京オリンピックで優勝したセルビアの監督も元チームメイトだ。彼らから時差調整のため日本で事前合宿をしたいという希望はあった。出場国は、大会前には練習試合をしたいものなので、強豪国が合宿している町には、他の国も集まってくる。結果、世界トップ4のセルビア、モンテネグロなど3チームが、2019、2020、2021年と毎年、柏崎で事前合宿した。

シンガポールとも、片方のウィンだと長続きしないので、お互いにメリットがあるウィンウィンの関係を築きたい。僕は柏崎、シンガポール、どちらの良さも、課題も分かっているので、ハンドルしやすい。

アジアは大会が少なすぎる。スパーリングができないので、選手たちは大会を待っている状態だ。そこで、アジア・パシフィックリーグという大会を構想している。第1回は2024年6月に柏崎で開催する。シンガポール代表、豪州のクラブ、日本から3クラブの計5チームが参加する。第2回以降は持ち回り開催とし、様々な国で開催していければと思っている。大きな大会に育てていきたい。

知識や人をもっとシェアできると交流は深まる。こうした取り組みをしながら、もっと大きな枠で、スポーツを通じての経済交流、ビジネス交流に繋げていくことも僕の次の役割だと思っている。

<インタビューは2024年6月9日実施しました。>

青栁 勧氏(あおやぎ・かん) 1980(昭55)年8月生まれ。京都府出身。筑波大学卒業。選手時代は史上最年少18歳で日本代表に選出され、スペイン、イタリア、モンテネグロのプロリーグでも活躍した。2009年、新潟産業大学(柏崎市)助手。2010年、柏崎市に水球チーム「ブルボンKZ」立ち上げ。2021年2月よりシンガポール男子代表監督。ブルボンKZの運営理事も務めている。

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